子育てとか渡仏とか。。。30歳主婦の記録

日本人家族がフランスのパリで暮らした日々の記録です。

2011年3月11日のこと

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2011年3月11日、当時わたしは千葉県の大学に通う、大学4年生でした。

数日後に卒業式を控えていました。

10日の夜から彼(今の夫)と一緒に過ごしていて、お昼頃に彼と別れ、1人になったわたしは他県の家まで帰ることが面倒で、夕方からのバイトまで時間を潰そうと思い、漫画喫茶に入りました。

漫画喫茶に入って30分くらい経った頃に、地震が起きました。震源地からは離れた千葉県での揺れでしたが、雑居ビルの上の方に居たということもあるのか、かなり揺れて怖かったことを覚えています。本棚からたくさん本が落ちて、漫画喫茶の店員さんも「大丈夫ですか?」と声掛けしてくれて、周りのお客さんとも「結構揺れましたね。」「震度何かな?」「凄く怖かったね。」と声を掛け合いました。

地震直後は、「結構揺れたなぁ。」くらいに思っていたわたしですが、本が散乱している床を見て、今いる場所が狭くて古い建物だということに気が付いて、また地震がきたらここから出られなくなるかもしれないと思ってしまったら何だか物凄く怖くなり、すぐにお金を払って漫画喫茶を出ました。

外に出ると、何だか異様な光景でした。建物が崩壊しているとか誰かが大怪我しているという状況では全く無かったのですが、みんなわたしの様にただただ怖かったのだと思います。そんな表情をしていました。

 

ちなみにその日は最後のアルバイトの日だったのですが、バイト先から「さっきの地震で店内が混乱している。お皿もたくさん割れてしまったし、夜の営業も出来るか分からないから、来なくていいよ!」と言われ、電話での最期の挨拶となりました。

バイトが無くなったわたしは家に帰ろうと思いましたが、電車が動いていなかったので「迎えにきて欲しい」と父に連絡しました。いつもなら車で40分ほどの道のりを、4時間かけて来てくれました。

帰宅してニュースを見たら津波の映像が流れていて、自然の力には抗えないのだと思い知らされました。

数日後に行なわれた卒業式にも、わたしは行くことが出来ませんでした。

 

フランスへ行く話が出た時、フランスでテロが起こりました。「テロなんて怖いね!」「このタイミングでの渡仏はやめたほうがいいんじゃない?」と心配してくれる方は多かったです。

一方で海外の方達からは「テロより常に地震の恐怖と隣合わせの方が怖いでしょ。その方がずっとクレイジーだ。」と言われたこともあります。

確かに。天災は逃げ場が無いし、どうにも出来ない。誰が悪いわけでもない。それでも日本人はずっとここで生きてきたし、これからもずっとここで生きていくのです。凄いことだなと思います。

 

地震もテロも怖いけれど、どこで生きていても怖いことは起こるし、楽しみは自分で作り出せばいい。

 

命あることに感謝して生きる。

そんな当たり前のことが難しいのってどうしてなんだろう。

 

 

3月11日はそんなことを思う日です。